清水城址
清水城址

清水城址に石碑があるのをたまたま山で出会った方に教えていただきました。
碑には「清水尋常高等小学校 造林紀念碑」と銘があります。

樹栽の記録が書かれています。


裏側には代金六百参拾七円で大正二年一月七日に売買登記済
紀元二千五百六十八年 明治四十一年十月一日 清水学区教育組合建設 と
書かれていました。
また別の側面には、
島津忠将公城址 居城 紀元二千二百二十一年 永禄四年と書かれています。
永禄四年は島津忠将が戦死した年です。

島津忠将(1520~1561年)右馬頭大隅清水城主 忠良次男
天文十七年(1548)大隈清水の本田薫親を攻略。
以後、島津家唯一の大隅領清水城をまもり、同二十三年(1554)から弘治三年(1557)の
対蒲生家戦では常に先頭に立って戦い、同二十三年の「脇元の戦い」では、鉄砲使用の記録もある。
永禄4年(1561)清水の南に位置する廻家の居城へ派兵した肝付家に対抗して兵を送った際、
忠将は先鋒として救援に向かうが、途中伏兵にあい戦死。
忠将はこのときまで戦で負け知らずだったそうです。


近くに墓石がありました。
側面に安永九年(1780年) 末原大右衛門 と書かれているようです。


鹿児島県埋蔵文化財情報データベース 清水城跡
遺 跡 番 号 10 - 61 - 0 (市町村名) 国分市
遺跡名(フリガナ) 清水城跡 (キヨミズジョウアト)
所在地(フリガナ) 鹿児島県国分市清水外城 (カゴシマケンコクブシ) 現在は霧島市

種   類 城館跡

現   状 山林

地   形 山頂緩斜面

時   代 古代~中世

遺 物 等 禿倉・通路・堀址

備     考
現況:山林
規模・形状:600×800m複郭
残存度:不良
存続期間:古代~慶長2年頃
築城者:税所氏,在城者:税所氏.本田氏.隼人氏.島津氏
地名:外城.寺馬場.和田.本町.玄亀庵.口町.寺田.豊ノ口.新田.牟田.安田口

報  告  書 書  名
(シリーズ名) 「鹿児島県の中世城館跡」
(No.43)

編著者名 吉永正史、五味克夫、三木靖
発行年月日 19870331
編集機関
( 住 所 ) 鹿児島県教育委員会
鹿児島県鹿児島市鴨池新町10-1


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by ryo899 | 2008-04-19 22:11 |
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