清水城址
今日は休暇でしたので、近所の城址まで散歩してきました。

入り口はちょっと不気味です(笑)
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史跡 清水城(別名:清水本城 隈部城・芦原城)

 その昔、隼人の居城と伝えられ、中世から近世初期にかけての山城として、『三国名勝図会』には「城址高峻にして天険の名城なり」と記されています。
 平安時代末期にかけて税所氏がここを支城としましたが、文治二年(1186)初代島津忠久は薩摩の地に入国の折、勲功のあった本田貞親を大隈の守護代として清水城を本拠として大隈一円を治めました。その後も税所氏との争いが絶えなかったといいます。
 天文17年(1548)10月、島津氏の命に従わなかった城主本田薫親は敗れて庄内へ逃れ島津家十五代党首貴久は当城に入り翌18年12月まで、加治木黒川崎の戦いなど反乱勢の制圧に専念しています。
 キリスト教を初めて日本に伝えたフランシスコ・ザビエルは、貴久在城時の天文18年8月28日(9月9日とも)貴久と会見し布教の許可を受けていますが、その初会見の地が清水城であったという説もあります。
 その後島津忠将やその子孫などが城主となりましたが、江戸初期の「一国一城令」により廃城となりました。

 国分市(現霧島市)教育委員会


城址?
お城があったような印みたいなものは見つかりませんでした。
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シャガ(射干・著莪)
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シャガ(射干・著莪)は、鬱蒼と茂る木々の間から、木漏れ陽がかすかに射しているような雰囲気の日陰に咲く清楚で可憐な白い花が、ひっそりと群れて咲く、そんな花です。だから、かげりのある独特の美しさを持っているのでしょうか。白い花弁に黄色と紫色の斑紋が繊細な美しさをみせてくれます。中国中部から日本の本州・四国・九州の杉林や竹林などの林床に見られます。日本には古く中国から渡来し、今では日本の風土に馴染んで野生化しています。シャガは、ヒオウギの漢名「射干」からきています。その昔、射干(ヒオウギ)をシャガと見誤って、シャガに「射干」を当てたのだそうです。シャガは「Iris japonica Thunb.」と学名をいい、アヤメ属をあらわす「Iris」はギリシャ語の「虹」の意味です。アヤメ属の植物は、花色の変化が多く美しいのでギリシャ神話の虹の精「Iris」の名をもらったといわれています。別名はコチョウカ(胡蝶花)です。花言葉はなぜか「反抗的」です。
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花は一日しか咲かないそうです。

野いばら
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あちこちにたくさん花が咲いていました。
途中群生しているところがあって、ハチがたくさん働いていました。あたりの静けさがいつの間にかハチの羽音だけになるとちょっと恐いですね。
こんな感じでたくさん咲いています。
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スミレ草
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サツマイナモリ
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ツバキ
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これもなんでしょうか?
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マムシ草
見た目が不気味です
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こんな場所に草花が咲いていました。
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by ryo899 | 2006-04-03 19:36 | おでかけ
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